家庭医療の必須項目として地域志向ケアがあります。
その医師の働く地域に対して介入し、地域全体をケアするといった概念といえるでしょうか。その地域の抱えている健康問題を調査し、その原因と解決法を探り、問題を解決することでもあります。
もっとも簡単な具体例としたら、側溝の蓋がないから危ないので、役所に申し入れて蓋をつけてもらうとかですね。
もっと高度な実話をもとにした例を挙げますと、粟国島の長嶺先生が行った例をあげようと思います。
沖縄県の離島、粟国島は人口800人程度の島ですが、年間の本島への緊急ヘリ搬送がかなり多い離島として、沖縄の離島医療を知る者の中では有名な島でした。私のいた西表島西部(人口1400名程度)で年間12件前後でしたが、粟国島はその倍以上、年間50件はあったのではないでしょうか。もともと、粟国島は本島から飛行機で行くような場所で船で移動したらかなり時間がかかる場所だったので、ヘリ搬送数は高速船で1時間以内で石垣島につく八重山諸島(与那国を除く)よりも必然的に多くはなります。そこに長嶺先生という若く、体は小さいが、やる気に満ちた優秀な女性医師が赴任することになりました。その島は女医には難しいだろうといわれていたのですが、配属を決める人たちは彼女なら大丈夫だろうということで決まったそうです。当然、彼女が赴任した当初は夜も寝る時間がないくらい時間外受診が多く、ヘリ搬送も多かったそうです。そんな中、彼女はなぜそうなってしまっているのか原因を調べました。問題は島内の見回りシステムが機能していなかったことやハイリスク患者の未受診、コミュニティー内のつながりの問題などだったそうです。多忙を極めていた診療所勤務の中、彼女がとった行動は島の医療・福祉関係者と一堂に会して交流を深めることでした。最初はよそよそしく、状況の進展はなかったそうですが、定期的に開催しているうちに打ち解けあい、自然と見回りをしようという話になり、そして、ハイリスク患者を見つけ、早期介入し重症化を予防しようという流れになりました。そうして、見回りシステムが機能し始めたお陰でヘリ搬送数が年間20件程度まで減少したとのことでした。
これがまさに地域志向ケアのもっとも劇的な1例といえるでしょう。
私と同時期にこの先生は赴任されていたのですが、私は対して何もできませんでした。敢えて申し上げるならば、島の行事に積極的に参加し、時々、学校に健康教室をしに行った程度でした。
去る11月29日土曜日、神戸大学医学部におきまして、大学生を対象に日本プライマリ・ケア連合学会 80大学行脚プロジェクトの一環として、医療面接と家庭医のキャリアについてのワークショップが開催されました。そこに講師としおよびいただいたので、キャリアの一部を担当させていただきました。
今回のワークショップ講師陣は私のほか
音羽病院/大津ファミリークリニック 来住先生
麻生飯塚病院/頴田病院 松島先生
西淀病院/大正民主診療所 鈴木先生
亀田総合病院/亀田ファミリークリニック館山 菅長先生
といったメンバーで行いました。内容は、
始めは菅長先生による「診断に迫るための医療面接」
続いて鈴木先生による「行動をかえるための医療面接」
次に私が「診療所ではたらくことについて」(というかむしろ離島医療について話した)
松島先生が「病院総合医についてと家庭医療総論」
最後に来住先生による「今日のまとめ」
でした。若くてやる気にあふれる学生さんたちと交流できて実に楽しい1日でした。これを機にたくさんの学生さんや研修医の方がうちの診療所に遊びに、ではなく、学びに来てもらえるとうれしい限りです。
今回は家族志向のケアについて書こうと思います。
まずは症例(フィクションです)から。
喘息(ぜんそく)で通院している6歳の男の子、A君がいました。彼はしばしば小~中程度の喘息発作を繰り返し、入退院をしていました。発作予防の吸入薬も最大限使用しています。主治医はこの先、どうしたよいものかと考え、この子の家族について聴いてみることしました。
いつもは母親とともに来院しているので、母親に聞いてみるとこんなことがわかりました。
両親と9歳の兄と父方祖父母との二世帯住宅に住んでいます。父、祖父ともに喫煙をしています。父は小児喘息だったそうです。父も祖父も気遣ってタバコを家の外で吸っています。ペットはいません。共働きで日中は祖父母が子供たちの面倒を見ています。
発作と家族内の出来事と何か関連していることはないかとたずねると、こんな答えが返ってきました。
「夫との仲があまり良くなくなったときに発作が起きることが多い気がする。やっぱりストレスも原因になりますか?」
以上のことを聴けたので、主治医はご家族みなさんと集まって、話し合う機会が欲しいと、その母親に申し入れ、後日、家族カンファレンスを行うことになりました。
家族カンファレンスには同居のご家族すべてが参加してもらえました。そして主治医はカンファレンスの司会兼書記となります。
主治医は謝辞を述べたのち、A君の喘息の治療について話しておきたいことと、皆の思いを聴かせてほしいことを述べ、カンファレンスを始めました。カンファレンスにより、皆、A君の喘息が良くなってほしいという思いがわかりました。また、祖父母や母は父にタバコをやめてほしいこと、祖父は禁煙をする気がないこと、父は禁煙したいがなかなかできないこと、家族仲が悪化すると特にA君の状態が悪くなりやすいことに気づいていることがわかりました。
そして、医師は一般的な家族の喫煙による喘息への影響と禁煙外来について説明し、また、子供は家族の仲をとりもつために、病気が生じることがあることを説明しました。
この後もそれぞれ各自の思いを話し、まずは父、祖父ともに禁煙をもっと積極的に考えてみるという結果になりました。夫婦間のときどき起きる問題については今回は保留となりました。
このようにして、3か月後、A君の父と祖父は禁煙外来で禁煙成功し、喘息の治療段階も一段階さがりました。夫婦仲についても特に目立った喧嘩などはしなくなったということでした。
以上、うまくできすぎた話ですが、例をあげるとこういったことです。
家族志向とは医者が①家族という背景をもった患者であること②患者と家族と医療者は互いにヘルスケアのパートナーであること③医療者は治療システムの一部として機能していることの3つを前提にして、ケアを行うことです。プロの医療職の方や詳しい方法を知りたい方は”家族志向のプライマリケア”(訳:松下明)をご覧いただきたい。
これもまた家庭医療の基本的知識・技術なのです。