家庭医療の専門医となるのに、生物心理社会モデルを利用した診療ができることとなっています。この生物心理社会モデルとはEngelという人が提唱した理論であり、患者の臓器だけでなく、その人柄や心理状況、その人の背景にある家族や社会環境も考慮し、利用するというものです。この理論を診察技法へと落とし込んだものが「患者中心の医療」と考えられています。
患者中心の医療による診察技法には6つの要素があります。
①疾患と病い体験の両方を探る
②全人的に理解する
③共通基盤を見出す
④予防と健康増進に取り組む
⑤患者・医師関係を強化する
⑥現実的になる
これら6つの詳細を書きたいところですが、書いているとあまりにも長くなってしまうので、もしこれを読まれている医療職の方はモイラ・スチュアート著「患者中心の医療」を購入して読んでみてください。ちなみに家庭医療の研修医にはこの本は教科書といっていいような存在です。
上記を利用した例を紹介したいと思います。
10月のある月曜日に4歳の男の子が母親と一緒に受診しました。症状は37度台の熱と鼻水です。そのほかは特に問題なく、食欲もあり、元気です。話をしていくうちに以下のようなことがわかりました。
・これまでにしばしば中耳炎になり、抗菌薬を投与されてきた。
・母は今回も中耳炎が心配で、抗菌薬を念のためだして欲しいと考えている。
・生後6か月の妹がおり、うつさないか心配である。
・インフルエンザの予防接種はまだしていない。
・この週末にお遊戯会がある。それになんとか出たい。
さて、体を診察してみると、のど・耳・胸の音・お腹は異常ありませんでした。医学的な診断は急性上気道炎、いわゆる風邪です。
医師は以下のように説明しました。
「診察したところ、胸の音はきれいですし、心配していた中耳炎もないようです。風邪だと思います。風邪ですので、この数日をピークに自然によくなっていきます。ただ、長い人は2週間くらい咳や鼻汁が続くひとがいます。」
ここで、母は抗菌薬を念のため飲ませたいと考えています。しかし、医学的には風邪に対して抗菌薬を処方するのは厳かに慎まねばなりません。簡単に理由をここで説明しますと、風邪に対して、抗菌薬で投与すると利益はほぼゼロであり、逆にその副作用で悩まされる人が圧倒的に増えるからです。
ですので、上述の理由をわかりやすい言葉で説明し、心配なことがあればいつでも電話相談して構わない、再来院して構わない旨を説明しました。すると、母親も納得し、安心したようでした。
この後、医師は妹にも当然うつる可能性はあるので、手洗いをしっかりすること、咳があればマスクをすることを指導し、体調が良くなれば、インフルエンザの予防接種を受けることを勧めました。さらに症状が長引く場合や、ひどくなった場合はいつでも受診するよう指示し帰宅となりました。診察には全体で10分かかりました。
上述の例では完璧とはいえなくても、ある程度、患者中心の医療を提供したと言えると思います。
この場合、患者さんは子供で母親の心配のために来院したといえるでしょう。多くの不安・心配というのは先行きが見えず、過去の経験も踏まえて、あれやこれやと妄想することから起きていることがほとんどです。これに対し、妄想を否定するのではなく、それを受容し、先行きを示し、適切な対処法を示せばたいていの方は理解し、安心してもらえる印象です。で、結局はこの方には当初の抗菌薬をだしてほしいという希望はかないませんでしたが、さらにその奥にある欲求は満たされたのではないかと思われます。あるいはもう話しても無駄だと思ったのか、それはわかりませんが、もしそうだとしても、これを行わずにただ「風邪に抗菌薬は百害あって一利なし」と言って、突っ返したのではたとえ医学的に正しい判断であったとしても、この患者さん親子の反感と残念な思いはさらに強かったでしょう。
長々と書きましたが、そしてまだ書き足りないのですが、本当にざっくりいうと、
患者中心の医療とは患者さんの思いと医学的判断と社会への影響を考えて、その状況でベストを選択していく医療と言えるでしょう。
ただ、そのベストの選択も結局は患者の寿命を縮める可能性があることも頭に入れておかねばなりません。ただ、そこは患者の幸福か寿命かの天秤になってくるわけです。
9月25日、26日と日本プライマリ・ケア連合学会の専門医部会設立シンポジウムに参加してまいりました。
家庭医療の専門医部会が設立されるにあたり、未来にむけてのディスカッションや「内なる診療」の著者ロジャー・ネイバー先生のワークショップが開催されました。
全国にまだ専門医は400人程度ですが、そのうち100名ほどが集まりました。
世界的には浸透している、家庭医療・総合診療ですが、日本ではまだ、浸透していないことを参加者がみな実感していました。しかし、家庭医療・総合診療がもたらす、患者さんおよび社会への利益は間違いないものであると確信しており、それをどのように日本に広げて、進化させていくのかを真剣に話あいました。
ここで得た、私なりの家庭医療を広めるヒントとして、これまで地域で活躍してこられた開業医の先生方に、家庭医療の知識やスキルを知ってもらうことがポイントになるのではないかと思われます。
家庭医療のスキルには専門医試験のポートフォリオ(診療の成果)提出に必要な項目を抜粋すると
・患者中心の医療
・包括的、継続的かつ効率的な医療
・家族志向のケア
・地域志向ケア
・患者とのコミュニケーション
・行動変容
・科学的根拠に基づいた医療の実践
・プロフェッショナリズム
・研究
・研修医教育
・診療所マネジメント
・コモンディジーズ(全科のありふれた疾患)への対応
・生涯学習
・個人の健康増進と疾病予防
・幼小児・思春期のケア
・高齢者のケア
・終末期のケア
・女性の問題/男性の健康問題
・リハビリテーション
・メンタルヘルス
・救急医療
などである。こうした項目をひとつひとつ、このブログにアップしていこうと考えている。
これを読まれている医療関係者では無い方にもなるべくわかりやすく、要点を記載していくつもりなので、お楽しみに。
私が今年3月まで働いていた西表島ではそろそろ節祭(しち)が始まります。
西表島祖納(そない)と干立(ほしたての)節祭は国の重要無形文化財に指定されている、とても重要なお祭りです。今年は9月25日~27日まで行われます。
祖納はアンガー行列、干立はオホホが登場することで有名です。
診療所は祖納にあったため、医師住宅も祖納にあり、節祭は祖納のものしか参加してことがありませんので、西表島にいながらオホホは見ることができませんでした。
西表は亜熱帯気候のため、コメを2期作しています。1期目の収穫後には豊年祭が2期目の収穫後には節祭があるといった具合です。ともに収穫を祝い、豊作を感謝し、来年の豊作と幸福を祈るといった意味合いがあるそうです。節祭の日には島を離れた人たちもその日だけは休みをとって帰ってきたりします。
どんな中身かというと、
まず2週間くらい前から夜な夜な練習が始まります。男子は棒芸、狂言(というが本土のそれとはイメージが異なる)、歌、巻踊り、船漕ぎ(ハーリー)の練習をします。
そして本番1日目は2日目の準備と予行演習とハーリーの赤白組の組み分けをします。
2日目はまさに本番で、公民館から男子が旗頭を担いで前泊浜(まえどまりはま)に向かいます。そして、ミルク様(年男がなる。弥勒)、アンガー行列が公民館を出発し、前泊浜へと到着します。その後は佐敷では踊りが披露されたり、男子(小学校に入らない子もする)による棒芸、ハーリー、巻踊り、獅子舞などが浜で展開します。
ハーリーは紅白に分かれ、勝負しますが、勝っても負けても福が来るような意味合いが持たされています。詳細はもう忘れましたが、船に入った水は幸福の量を表しているといわれます。つまり、船にたくさん水が入った場合、船は重くなり、遅くなるのでほぼ必然的に負けるわけですが、それだけ福をもって帰ってきたということになるそうです。海の向こうのニライカナイから福を持って帰ってきたということです。
その後、お開きとなり、公民館へ戻ったあとは片づけ後、宴がまっています。男はそれぞれの船のチームに分かれて、公民館長やミルク役、船頭の家々を回り、挨拶をしにというか飲みに行って、夜が明けています。
3日目はツヅミと呼ばれ、午前中は準備をします。午後から大井戸(ウーヒラカー)に旗頭が集合し、そこでもまた、巻踊り、棒芸を行います。その後は旗頭を担いで、新築の家や招待のあった家、営林署、診療所、郵便局、西表小中学校、保育所をまわります。それぞれでお酒や飲み物がふるまわれます。西表小中学校では棒芸を再度披露。特に子供たちがメインです。そして、公民館に帰って、最後の棒芸と獅子舞、巻踊りそして宴です。1年目のときに公民館で初めて獅子舞をさせてもらいました。そうして夜が更け、朝を迎えます。
私は西表に赴任したとしから、地域になじむためこうした祭りに積極的に参加しました。1年目はちょうど週末で診療所も休みだったのでよかったのですが、2年目は平日にあたり、地域のもっとも大切にしている祭りだからという理由で休診にして参加しました。幸いにも緊急患者さんは現れず、無事に終えることができました。
神戸でも地域全体が参加できるような祭りがあればいいのにと思うこのごろです。
参加していたのでほとんど写真は撮れませんでした。